太陽・月・自然を描く洋画家 三谷祐資の絵画


地球温暖化防止に向けて

自然と共に生きる。

   地球の温暖化が今ほど騒がれていない20年程前、富士山から東北の十和田・奥入瀬まで、1ヶ月かけて海沿いを描きながら旅した事があります。9月の中頃に富士を出発し、10月中頃に奥入瀬に着く予定でありました。その時の紅葉が、みずみずしいはずであったのが、陽の良く当たる所の葉っぱの一部が茶褐色になってかれているのが所々あり、全体の景色を弱めている事に気付き、温暖化の影響かと感じたものでした。家に帰っても、犬の散歩の途中、夏ですが、公園の木葉が緑のまま枯れ落ちていたり、草が枯れたりと、真夏の中国を想いだしました。大陸的な気候になってきていると。日本の夏は公園とはいえ、蒸し蒸しとして雑草が生い茂り、決して枯れる事はありません。
自然の小さな囁きがきっかけで、『四季の国・日本』を描くことになりました。
日本を描くとしたら「日本の四季」しかない。美しい日本の四季の移り変わりを描こうと、10年前に描いたユーラシア大陸(全長100メートル)に続ける構想になり、発表も何も考えずに描いて7年、愛知万博への出品の話が持ち上がり、『自然との共生』の理念と合致して、名古屋駅に近いほうが良いと、入場も無料のささしまサテライト会場で6ヶ月間展示することが出来、多くの方に感動したと反響を頂きました。本当は題名を『美しい国・日本』としたかったのですが、自分で描いて美しいと名付けるのもてらいがあり、『四季の国・日本』としました。日本各地を10年かけて四季折々に取材し、7年かけて描いた長さが170メートルになり、自分でも苦業に驚きました。
自然との共生の愛・地球博は終わりましたが、私にとっての自然との共生はほんの第一歩であり、自然元年と名付けました。

生活実践編

   生活においてもS50年代から「自然と共に生きる」事を心掛けてきた。豊中市(大阪)緑地公園近く、地下鉄御堂筋線の駅から3分というところに17年住んだが、クーラーも無い生活、夏はヨシズにぶどう棚、そして打ち水で夏の暑さを防いだが、水も悪くなり、ほとんどの家にクーラーが付き、その廃熱で住みづらくなり、平成5年頃から水の良い宝塚市(兵庫)に引越した。山が近かったので湿度の高い時があり、絵の収蔵のために小さいクーラーを1台付けたが、人間の為にはほとんど使わなかった。家前は大きな森で、朝夕はその涼風が吹いてくる。
元来、家族がクーラーに合わないせいもあったが、何よりも自然と共に生きる知恵が欲しかった。
夏はTシャツに短パン、究極のクールビズ、窓にはヨシズにぶどう棚、アトリエの屋根にもヨシズ。夏は太陽を描きながらひたすら太陽から逃げる。暗いくらいのほうが涼しく感じるのである。
元々、豊中市での生活の頃から庭にはウサギや鶏やカモが放されており、来る人には“ここはアジアやな〜”とよく言われた。庭に自然に産んだ卵や少々の野菜や果物を食べていたし畑も借りてはいたが、自給とはいかない経験程度であった。その頃、風力発電や太陽熱利用を経験した。
宝塚に移って、上記の170メートルの「四季の国・日本」大作制作で丹波のアトリエとの往復でそれどころではなくなり、いつかは循環型の生活に入りたいと考えていた。丹波のアトリエは、鹿や猪や猿に囲まれ、栗の木があるので対策が大変だが、今は巨竜の化石が発見され、村は17メートルの巨竜(丹波竜)と騒いでいますが、こちらは170メートルの絵ですが、まだ制作者が生きているものですから、あまり騒がれません。
あの丹波竜が発見された場所ですが、小生の好きな場所で、何度も足を運んでおりました。特に白亜紀の岩盤が斜めに突き出ていて、層も赤い層とグレーの層と地表から突き出ていて美しい所でした。そして古いレンガ造りの水車小屋があり、アトリエにしたいなぁと妻と話しておりました。真にその下でした。春はその横の桜の木の下で花見を致しておりました。
断崖ですから簡単には降りられなかったのですが、石を見出すと色々探し、仕事が中断するので、家族から止められます。17メートルの巨竜より「四季の国・日本」を描かなくてはなりません。何度となく苦い経験があります。信州での取材の時ですが、川辺に降りたのは良いですが、泥岩を見つけ化石を割り出したが最後、夕暮れまでやり、同行の女房殿に大目玉でありました。外国に行っても探すのです。石の名前までは全くわからないのですが、石を見ながらその国を違う面から想像するのです。
それにしても巨竜、巨竜と騒がれているのですが、出てきたのもあまり偶然とは言えず、それに至るまでの数km手前の篠山川の川代渓谷が、何度か決壊し崖崩れが起きており、温暖化の影響で荒々しくなり、川底がえぐられているのではないかと思うことであります。
最も心せねばならない事ですが、巨竜とニュースになりますが、いわゆるその時代の生き物たちが絶滅して、化石や化石燃料となっているわけで、私たちと同じ自然の中に生きた生物であります。その恩恵で私たちの文明は成り立っているのであります。いわば遠い先祖ですから、感謝して供養塔の一つでもいると考えるのですが、余り反応はありません。何よりも村興しであります。
その上に私たちの繁栄があるのですから、マンモスが出たり巨竜が出たりしますが、私たち全てに対する温暖化の警告と捉えるほうが進歩的と考えるのですがいかがでしょうか。
先日も新聞に載っておりましたが、北極圏の永久凍土にある村が干え上がったと記事がありました。
北極圏にも行きましたが、夏が暑くなってきているようで、永久凍土が溶けて蒸発しているようであります。我々にすると何でもない様ですが、過去何万年も起きていない事で、そこまで進んでいるのかと言う危惧すべき事です。私も日本列島が出来た頃に生えていた「あけぼの杉(セコイア)」の化石を生まれ故郷の川で見つけ、2億年前との事です。丁度その頃から「太陽」の絵を描き始め、毎朝水などを供えます。

丹波のアトリエまで宝塚からは時間も掛かるので、もう少し近い三田市(兵庫)に引越し、元来からの目標の、自給できる生活を目指すこととなります。
さて「自然との共生」の実践ですが、なるべく自給できる様にと電気は8kwのソーラーを屋根に付け、家庭と仕事、両方賄える2〜3軒分の大きさにして、現在プロパンガスも止め、オール電化で自給致しております。風呂沸かし代金も1500円/月と安くなったそうです。
車も取材がありましたので、ハイブリッド・プリウスに宝塚の頃から乗っております。それまでは電車・バス・タクシーに乗って取材して、15年間、自然との共生で車に乗らない生活でありましたが、取材の為のタクシー代も大変になり、又、地方ほど乗り合い物が不便になり、1日3便では仕事になりませんので、仕方なく乗る様になりました。以前は自転車で行ける所へはどこへでも行き、荷物は車に積む位の物は何でも積みました。そして何よりも健康にも良いし、スリムでありました。(見直そう!)

さて、自給自足編の続きですが、水は現在井戸水を使っており、塩素が無いので何よりで、飲むのもですが風呂が優しくて窓からは緑の風景が見え、疲れも取れます。現在、井戸水を6tタンクに溜めておりますが、生活の方は直結にして、6tのタンクには雨水を溜め、畑用に使おうと考えます。やっと野菜も自給できるようになり、米以外はこれからも作られる様、(お米は農家と提携して作ってもらっているが、時間が許せば作ってみたい。定年がないので時間を取るのが難しい。)時間をとり筋力UPを図ろうと考えます。
「四季の国・日本」の大作を描いていた時は、こんな事は一切出来なかったですし、大作は体力も使うので、出来ませんでした。今は妻も買い物が減り、車を使う回数も少なくなり、何よりの省エネです。その時間分を畑に費やすということで体力作りと一石三鳥です。採りたての野菜の美味しさはまた格別で、EM菌を使った無農薬オーガニック野菜が何よりです。主に堆肥はEM菌入りの牛糞を使い、虫や鳥、動物との闘いや共存、住み分けです。
余る野菜は、娘の家や知人に分けています。
今は玉ネギ、ジャガイモ、人参、玉ネギ、小松菜、チンゲン菜、ラディッシュ、大根、カブラ、レタス、キャベツ、チシャ、ゴボウ、フキ、豆類など、これからキュウリ、トマト、インゲン豆、ズッキーニ、ゴーヤ、つる菜、オクラ、ピーマン、唐辛子、セロリ、イタリアンパセリ、バジル、ネギなど、八百屋さん並ですが、菜ものは夏は虫にやられてレース状です。
春には畑にフキノトウとワラビ、今年はタラの木も植えましたから、来年からタラの芽も採れそうです。ツクシや野カンゾウなどは、犬の散歩の途中にあります。果実も植えましたが、ほとんど鳥の餌。ただ大量に作れば、人間もありつけそうで、クワの実やヤマモモだけは残りそうです。
結局、子供の頃の自然との共生の生活に戻っている様です。省エネには遠くのものではなく、近郊のものを買うことで、自立した村的な社会を目指そう。そして豊かな独創的な村を!と考えます。ですが、ソーラーにしろ車にしろ、リスクが必要です。車はガソリンが高くなったので、ずいぶん普及している様です!
電気も仕事用と家庭用と自給でき、水も井戸水に畑と、理想に近づきましたが、日本の国政に対する疑問があった事も確かであります。ソーラーに対しましても、ドイツ政府の電気買い上げ制度は、日本の3倍の値段ですから、温暖化に対するソーラーの普及も進みましたし、各国の農業自給率も高いものでありますが、それに頼る日本は安心できないものであります。又、昨今、安心できない食物が多い事も確かであります。
そして世間では、花を中心としたガーデニングがブームになりましたが、この頃はこれに野菜が入って、キッチンガーデンが増えてきました。花より団子ではありませんが、良い環境に進んでいくのではないかと静かに眺めています。
やはり緑の木々は二酸化炭素を吸収し、温暖化を防ぎます。世界の国防費でも、遊休地に緑を増やす事に費やせば、温暖化を食い止める事が出来ると思います。そして世界も平和になるのですが、人間の業の深さは困ったものです。子孫に付けを残すより前に、人類の危機が訪れてしまいます。

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